無名の写真家・工藤正市から学ぶフィルムの伝える力!最初のフィルムカメラは何が最適か?(作例あり)

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無名の写真家に感動しフィルム写真の魅力を再認識した

日本にもあった「ヴィヴィアン・マイヤー」のような話

日本にもヴィヴィアン・マイヤーは存在した。いや、彼女のようなストーリーがあったと申し上げた方が正確かもしれない。

ニューヨークを撮り続けたヴィヴィアン・マイヤー(Wikipedia)は、近年、写真愛好家を驚愕させた女性写真家だ。

生前、15万点以上の写真を撮りながら、1点も発表せず、この世を去った。2007年、シカゴ在住の青年がオークションでそのネガを入手。ブログに掲載したことから世界中で話題となり、写真展のみならず、ドキュメンタリー映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』が製作、公開された。

最近、似たような話に出会った。

1950年代を中心に青森市を撮り続けた写真家・工藤正市さん(1929〜2014年)と長女・加奈子さんの話である。

工藤さんは太平洋戦争終戦の翌年1946年、地元の新聞社・東奥日報に入社。その後、報道カメラマンとして働きながら、写真雑誌に写真を投稿する写真家でもあった。

その工藤さんの死後、長女・加奈子さんが遺品を整理していたところ、大量のネガフィルムを発見。写真をインスタに掲載し続けた。その写真に感銘した人たちが写真展を企画。近く写真集も発行されるという。(発見の経緯は地元テレビ局のVTRジャパンタイムズの記事が分かりやすいので、ご覧になってください)

https://www.japantimes.co.jp/photo-essay-shoichi-kudos-photos-aomori/

伝えたいことが鮮明に分かる写真と思わせぶりな写真

私も写真の一部を拝見したが、一枚一枚に工藤さんが何を撮ろうとしたのか、その思いがよく伝わるものばかりだった。

1950年代といえば、戦争が終わったとはとはいえ、まだまだ庶民は貧しかった。それでも明るく生きる青森の人々を克明に撮影した作品ばかりだった。

我が故郷・青森といえば、ベトナム戦争の現実を世界に伝え、「ピュリツァー賞」を受賞した沢田教一氏(参考)が有名だが、工藤さんは無名の写真家だ。しかし、沢田氏に劣らず、人間をしっかりと見て捉えた写真はとても迫力がある。

「写真展を開いても全く写真を買ってくれない」と嘆いている写真家がいるという。それはお客さんがケチなのではない。お金を払ってでも買いたいと思うような作品がないか、価格がミスマッチなのだ。普通の商いと同じである。

何を表現したかったのか分かりにくい思わせぶりな写真が少なくない。しかし、工藤さんの作品は分かりやすいし、撮影者の心情まで伝わってくる。

私がドキュメンタリー写真が好きなせいかもしれないが、他の写真も見たいと思った。出版されたら是非とも購入したいと考えている。

原始的フィルムカメラ・バルナックライカで撮影する喜び

カメラは柔軟に幅広く経験するのが知性的だ

工藤正市さんの写真を見て、改めてフィルム写真は魅力的だと思った。

私は趣味カメラにおいて「○○メーカーでなければ、カメラにあらず」と言わんばかりに特定メーカーに偏った機材選びはしない。複数メーカーを経験することで分かることがあるからだ。

例えば、ペンタックスを愛用していた人がソニー機を使えば、AF速度の現実を知るだろう。逆に、ソニー機しか使ったことがない人がペンタックスを使えば、写真はレンズのデザインやシャッター感覚など撮影過程の楽しさも重要だと実感するだろう。

ことほど左様に複数メーカーを経験することでカメラ知性は向上すると考えている。

デジタルとフィルムも同じだ。双方経験することでカメラ知性は高まる。

私は30年以上前、フィルムカメラで仕事して以来、2010年代まで本格的なデジタルカメラを使用したことがなかった。そのため、当初、デジタルカメラで撮影する際、戸惑うことが多かった。いまでもデジカメの機能を全て使い切る自信がない。自信がないけれど、知ろうと努力している。

逆に、デジカメでしか撮影したことがない人にはフィルムで撮影することもおすすめしている。

デジカメだとISO感度6400くらいは楽々だ。しかし、フィルムはISO感度400がせいぜいだ。

一度、カメラにフィルムを通したら最後、そのISO感度だけでシャッタースピードや絞り(F値)をコントロールしながら撮影する必要がある。フルオートのフィルムカメラもあるが、自分であれこれ考えながら撮影するうちに、確実にカメラ知性は高まるはずだ。

写真右から、バルナックライカⅢf、Leica M3、Leica M4

フィルムカメラを始めるには、全機械式のカメラが賢明な選択だ。何もかも自分で調整しなければいけないからだ。不便なカメラほど知性を高めてくれる。

具体的にはバルナックライカがいい。M型よりも格段に安く手に入る。戦前戦後、世界中の人たちがなぜバルナックライカに魅せられたのか。ボディを手にした瞬間、分かるはずだ。

それは近代カメラでは経験したことのない高級感、いいモノ感である。カメラは近代になるほどボディが安っぽくなる。そんなカメラ史を体感することもできる。

カメラの品質変化を体感することも趣味カメラの醍醐味だと思っている。

バルナックライカⅢfと赤エルマーが捉えたTOKYO

バルナックライカの完成形と言われるのが、1950年に発売されたⅢf。これに定番のElmar-L 50㎜ F3.5、通称・赤エルマーで撮影した東京の情景を作例として紹介したい。

まずは東京・世田谷区の世田谷公園。秋の風景である。噴水と木々の色づきとともに雲の階調表現が見事だった。

次は冬の東京・目黒川。小枝の描写に赤エルマーの凄さを感じた。

そして、目黒川沿いのショーウインドウや街並み。モノクロ時代だった60年以上の前の機材だが、その解像感は馬鹿にできない。それでいて懐かしさも混在する魅力的な描写だった。

撮影者:バルナックライカⅢf + Elmar-L 50㎜ F3.5 1st

撮影補助:さきょう

撮影に使用した機材

 

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