カメラ業界の衰退とプロのカメラ評の衰退
廃刊となったアサヒカメラから学ぶこと
いま、私の手元に、一冊のカメラ雑誌があります。
2000年1月に発行されたアサヒカメラ「ニューフェイス診断室 ニコンの黄金時代①」。内容は、ニコン最高峰のレンジファインダーSPから一眼レフF3まで、プロの写真家が診断した過去記事の再録です。
小倉磐夫・東大名誉教授が「ニコンFシグナルナンバーの系譜」と題して前書きを寄稿。著名写真家がニコンSPからニコンFAまで、キットレンズも含めて細部にわたり検証し、ある時は数値も測って、正直な批評を下す特集記事です。
いずれの検証も、最後は「メーカーは答える」と題してメーカー側の言い分を事細かく掲載しているのですが、中には写真家の指摘に「反省しております」という文言さえ書き記しています。
また、ニコンを代表する自信作F3の回では高速側(2000分の1)のシャッター速度が遅いという実測値を指摘されて、ニコンは「大変不本意な結果です。現品をお借りして検討したいと考えます」と答えています。
まさに、メーカーと写真家の真剣勝負。こうしたメーカーと専門家の真摯な向き合いが日本のカメラを発展させてきたのだろうと推測させるに十分な内容です。
カメラ業界の衰退と歩調を合わせるように、今年7月号を最後に「アサヒカメラ」は休刊となりました。
ちなみに、その7月号の総力大特集は「いまこそ、フィルム!」。デジタルの時代だからこそ、デジタルにはないフィルム写真の魅力を訴え、米美知子さん、立木義浩さん、川島小鳥さん、奥山由之さんの作品と記事が掲載されています。
アサヒカメラは休刊となりますが、写真界の芥川賞と言われる木村伊兵衛賞は続くようです。それにしても良質な写真誌がひとつ消失したのは残念です。
青木さん(朝日新聞出版社長)、その経営判断は違うと思いますよ。
アサヒカメラは守るべき伝統文化財。苦しくとも歯を食いしばってやせ我慢して欲しかった。
良質なプロカメラマンの意義とは?
先ほど申し上げたように、かつてアサヒカメラ紙上で繰り広げられた写真家とメーカーの真剣勝負。
プロの写真家が消費者の立場でメーカーに対し辛辣な評価や指摘をするコンテンツがユーチューブにないかと思って探しているのですが、残念なことに皆無。
むしろメーカーに忖度してるのか、「これがあれば週末副業も夢ではない」と高額なカメラ(EOS R5)を再三にわたってすすめるプロカメラマンすら見受けられます。
さすがに、キヤノン系写真家の野村誠一さんは危険だと思ったのか、「カメラに振り回されるな」と題して、高級なカメラを手に入れても素晴らしい写真が撮れるわけでもプロになれるわけでもないと熱っぽく語っています。
最近はイベントの急減や雑誌の衰退で、プロカメラマンが撮影だけで食べていくのは厳しい時代になりました。
私の周辺を見ても、生き残っているカメラマンは決して高級で良い機材を使用している人ではなく、社会人として常識や良識をわきまえて社交性に優れている人が多いように感じています。
写真の上手い人がプロとして成功するのではなく、クライアントの注文通りに納品できて人付き合いの上手い人、つまりは営業力のある人が生き残っていると思います。
いずれにしても、カメラ業界の衰退とともに、木村伊兵衛さんらがメーカーに忖度なくカメラを評価し、メーカーも言い訳するのではなくプロダクトの向上に生かしていったような文化も衰退したのかもしれません。
というわけで、前置きが長くなりましたが、今回の本題「スペックでカメラを選ぶ時代は終わった!」に入ります。
ミラーレスの原点を思い出させた本流カメラが登場
コンパクトに着目したフルサイズ!ニコンZ5、パナS5、ソニーα7c
最近、カメラメーカーは動画機能に力点を置いたミラーレスカメラを次々発表しています。
これは何を意味するのか?
もちろん、YouTubeなどで動画表現が注目されていることもありますが、スチール機能に関してはすでに行き着くところまで行っているということなのだと思います。
多ければ良いというものでもありませんが、画素数もそろそろ上限。連写機能もスポーツカメラマンでもないかぎり必要十分。そして、最近、2〜3年に誕生した現代カメラや現代レンズはどれもよく写る。
スチールカメラはボディ内手ブレ補正をのぞいて、他社との差を見出しにくくなっている現在、まだ伸び代が大きそうな動画性能を競うしかテーマがなくなっているのが実情です。
このため、キヤノンが事前告知で動画性能を盛り過ぎて期待感を煽った故に、発表後に熱停止問題で炎上したのはまだ記憶に新しい出来事です。
そんななか、最近、ニコンやパナソニック、そしてソニーがフルサイズミラーレスの原点に立ち帰って小ささに力点を置いた機種を発表、あるいは発表を間近にしています。
それが先日発表された、ニコンZ5であり、パナソニックS5、そして近々発表が噂されているソニーα7c(Cはコンパクトの意味らしい)。
まず、ニコンZ5は外観や操作性がZ6やZ7とキープコンセプト。SDがシングルスロットで不評だったZ6などの教訓からか、Z5はダブルスロット。上位機種がシングル、下位モデルがダブルスロットと、捻れてしまいましたね。
むしろ、Z5もシングルスロットにして、より一層の軽量コンパクトを追求した方が良かったと思います。
ボディ重量は590g(バッテリー等除く)と極端な軽量コンパクトとは言えませんが、キットの標準ズームレンズ「NIKKOR Z 24-50mm f/4-6.3」が約195gなので、両方合わせて800g前後の軽量システムになる点が最大の特徴です。
まあ、ニコンのミラーレス機ですから、これまで発売されたZ6やAPS-CのZ50を見ても出来が良いので、今回のZ5も間違いはないでしょう。
とくに、ニコンの良心を感じたのはZ50のキット標準レンズ。安くて軽くてよく写る。下位レンズだからと言って描写に手を抜かない点がニコンの素晴らしさだと思います。
詳しいスペックは公式サイトで確認してください。(ニコン公式サイト)
パナSシリーズの再評価論とS5の特徴!唯一の懸念点は?
「大きくて重くて高い」
これを絵に書いたようなフルサイズミラーレスがパナソニックのS1シリーズです。
本稿執筆現在、価格はS1Hが52万9800円、S1が30万2206円と言った具合。(価格.com最安値)
重量もS1Hが1052g、S1が899gと、レンズも合わせて1kg超は当然、2kgの世界。とても趣味で気軽に楽しむレベルの機種ではありません。
しかし、今回9月25日に発売予定のS5は価格が24万円7500円。重量も630gと、ソニーの人気モデルα7Ⅲ(565g)並みの価格帯と重さで登場しました。
ただ、S1やS1Hはスチールカメラというよりも動画重視に振ったモデルで、排熱処理に万全を期したゆえのサイズと重量でした。
この2機種が再評価されつつあるのは、皮肉にもキヤノンEOS R5の登場がきっかけ。
EOS R5が排熱処理に手を抜き、動画撮影で熱停止することが問題となったため、S1のユーザーからは「自分のS1で熱停止なんて経験したことはない」といった証言が相次ぎ、動画はSシリーズという評価が高まりつつあります。
とはいえ、スチール中心のカメラマンにすれば、S1やS1Hは宝の持ち腐れになるわけで、その意味で、今回発表されたS5は気になる人も少なくないはずです。
画素数は2420万画素、5軸手ブレ補正搭載、防滴・防塵、動画は4K60Pも可能。詳しいスペックはメーカーの公式サイトで確認して欲しいのですが、パナのカメラですから動画性能が充実しているのは間違いないと思われます。
ただし、私にはひとつ気になる点があります。
それはAFです。
私は以前、パナソニックのOEM・ライカC-LUXを使用していました。色表現は文句なしなのですが、AFがダメでした。遅くて合わない。「ちょっとピンボケ」写真にはガッカリしたものです。
現在はソニーRX100M7に買い替えてサブカメラとして持ち歩いていますが、「ここまで違うものか」と思うほど快適です。
AFの遅さはパナソニック機全般で語られることなのですが、今回のS5はAFをどこまで改善しているのか?
パナソニックは「空間認識AF」という独自の「DFDテクノロジー(空間認識技術)」を採用して高速・高精度化したとしていますが、こればかりは使ってみないとわかりませんね。
ただ、公式サイトを見ても像面位相差を採用したとは書かれていません。
ニコンよりも先にソニーがニコンSPスタイルのフルサイズを発表か
ニコンはなぜ過去の遺産を大切にしないのか?
私は「ニコンが過去に生産したカメラの中で、最もスタイリッシュなカメラはどれか?」と聞かれたら、迷うことなくニコンSPブラックと答えます。
ライカM3に対抗して開発されたニコンのレンジファインダー最高峰。距離計の精度が非常に高い上に、M3のファインダーが50㎜からなのに対し、SPは28㎜から135㎜までと、より広角レンズに対応できる点がM3を超える国産レンジファインダーとも評される由縁です。
ただ、本稿で書きたい点はファインダーの優劣ではなく、SPスタイルのフルサイズミラーレスがまだシグマfpしかないという点です。
通常、一眼カメラには上部カバー中央にある屋根型に盛り上がったペンタ部がありますが、バックに入れて持ち歩くにも地味に邪魔なものです。
常時、気軽に持ち歩くカメラとしては、SPスタイル、あるいはfpスタイル、さらにはAPS-Cのα6600スタイルが理想的です。